
院長コラム
ラ・クリニカは開院20周年を迎えました。これも、何度もご来院頂いてる多くの患者様のおかげと、スタッフ一同、心から感謝をしております。


ラ・クリニカは開院20周年を迎えました。これも、何度もご来院頂いてる多くの患者様のおかげと、スタッフ一同、心から感謝をしております。


「雨」福田平八郎 1953年
先日僕が住んでいるマンションの下で、まだピカピカのランドセルを背負った小学生が、元気に「こんにちは~」と言って僕を追い越して行きました。僕も負けないぐらい大きい声で「こんにちは~」と言いました。空は重い梅雨空でしたかちょっと爽やかな気持になりました。
日本語にはたくさんの挨拶があり、どれも素晴らしいものだと思います。でも最近は挨拶やお礼をしない、出来ない子供が増えているそうです。また僕もそう感じます。
それでもまだ静岡はましで、東京などはひどいそうです。原因は、やはり親のしつけだと思います。教育には、学業を重んじたりスポーツを重んじたり、その家ごとに異なった方針があると思います。でもしつけは教育の基礎で日本の家庭すべてに共通するものだと思います。いくら偏差値の高い学校に入ったり、スポーツでいい成績を残しても「こんにちは」や「ありがとうございます」が言えないようではいけないと思います。
「おはようございます」に始まって「おやすみなさい」まで、「あけましておめでとう」から「良いお年を」まで、皆さんもちゃんと挨拶をしていますか?大きな声で挨拶をすると、気分を爽快にする物質が脳内で分泌されることは医学的にも証明されているんですよ!だから梅雨の重苦しい天気が続いている時、気持が落ち込んでいる時こそ大きな声で挨拶をするといいですよ(^O^)/
ところでチリでは男性と女性が挨拶をする時は必ず頬にチュっとキスをします!(^^)!
ですから朝、病院に行くとまず医局で事務の女性達と、それから検査室や病棟で看護婦さん達と、さらにオペ室で看護婦さんや女医さんとブエノ・ディア(おはよう)と挨拶のキスをしなければなりません。オペが終わったら今度はその逆の順番にアスタ・マニャーナ(また明日)とキスをしながらの挨拶です。毎日何十回キスをしていたのか・・・(^^ゞ
こんなことを日本でしたらすぐにセクハラで訴えられそうですが(◎-◎;)、日本語の挨拶はたくんしましょうね(^O^)/
おまけ:前回のコラムで竹内まりあさんの「いのちの歌」を紹介しましたが、絵をクリックすると曲が聴けます(著作権の関係でいつまで聞けるか分かりませんが^_^;)。一度聞いてみてください。

「雨」福田平八郎 1953年

竹内まりあさんの「いのちの歌」いま僕がはまっている曲です。 絵をクリックすると曲が聴けます。
僕が医者になってから外科と美容外科で(産婦人科や整形外科の手術を手伝ったこともありますが(^^ゞ)いったいどれぐらいの数の手術をしてきたのか(?_?)自分でも想像がつきません。チリにいた2年間に腹腔鏡下の手術を多くしましたがそれだけでも2千以上はあったので、小さい手術まで含めるともう全く想像がつきません。でもそんな多くの手術の中でも忘れられない手術がいくつもあります。
その一つは外科の時に執刀した直腸癌の手術です。手術としては今までにしてきた中でも特に会心の手術だったと思います。いつものことですが一心不乱に手術をして、手術が終了し「ありがとうございました」と僕が言った時に、時間は忘れましたが、直接介助の看護婦さん(※注1)に「手術時間◎時間◎分、出血量17㏄、お疲れ様でした」と言われて我に返ったことしか覚えていません。それぐらい集中出来ていました。
手術時間も出血量も会心の結果でした。術後の病理検査(※注2)でも癌は完全に取れていてリンパ節転移なども全くなく、月に1回ぐらい外来に来てもらうだけで、抗癌剤などの追加治療も必要ありませんでした。その患者さんは小柄で可愛い感じの気さくなご婦人でした。癌についてもうほとんど心配がなかったので、外来で診察する時も、世間話の方が多いぐらいでした。
それから数ヶ月たったある日、外来にその患者さんと僕の外来で仲良くなった別の患者さんが血相を変えて飛び込んできました。そして「◎◎さんが亡くなりました」と僕に言うなり泣き崩れました。手術は完璧だったはずなのにいったい何が!?と僕はその言葉を理解することが出来ず、頭の中が真っ白になりました。死因はもちろん癌ではなく、脳卒中だったそうです。
癌に対しては完璧な治療をしたつもりだったのに、その患者さんに人生を全うさせてあげられなかったのです。
その時僕の頭に浮かんだのは、ある天才外科医の漫画の中のセリフでした。恩師を助けられず、悲嘆に暮れる天才外科医の心の中でその恩師がこう言いました。「医者が人の命をどうのこうの出来るなんておこがましい」。その時の悲しさ、悔しさ、空しさは今も忘れられません。人の命って何だろう・・・医者が出来ることって何だろう・・・そんなことを考えながら病院の中を走り回っていました。
※ 注1:手術中に医者にメスなどの器械を手渡す看護婦さんです。
※ 注2:癌の手術では癌の近くのリンパ節なども全部取って、それを病理の医師が顕微鏡で見て、取り残しがないか、転移がないかなどを調べて術後の追加治療を決めるんですよ。

竹内まりあさんの「いのちの歌」いま僕がはまっている曲です。 絵をクリックすると曲が聴けます。

道 東山魁夷 1950
青森県八戸市種差海岸にて
僕がまだ駆け出しの外科医の頃です。その看護婦さんはとてもベテランでしたが、とても小柄で小顔でした。ですからナースキャップを着けると、まるで頭に羽が生えていて空を飛べるんじゃないかと思えるぐらい、それぐらいナースキャップが大きく見えました。その病院はまるで野戦病院のように忙しく、僕もたくさんの患者さんを抱えていて毎日病院の中を走り回って、家にもほとんど帰れないぐらいでした。もちろん重病の患者さんがほとんどでした。
そんな忙しい中、一人の患者さんが入院しました。その患者さんは癌でしたがさほど進行しておらず、術前検査にも全く異常はなく、通常の手術をすれば命に関わることはまずないと考えられる患者さんでした。ですから僕も特に心配はしていませんでした。でもある日の病棟回診の時、その看護婦さんが僕を見上げながら(僕は背が高くはないのですが)こう言いました。「先生、わたしゃ准看だし(※注)、先生みたいに勉強もしていないから検査結果を見ても正常か異常かわからない。でもね、あの患者さんには注意した方がいいよ。何かいやな感じがする。」
その患者さんは確かに癌でしたが通常の術前検査には全く異常はありませんでした。でも僕はその看護婦さんの言葉が頭から離れず、検査データをすべて洗い直しました。しかし全く以上はありませんでした。そこで患者さんには「念のため」と言って癌の手術には全く関係ない検査をしました。その結果・・・手術自体には全く支障はありませんが、術後それが発症したら大変なことにもなりかねない病気が見つかりました。そしてその専門の医師と連携を取りながら手術をして、術後も問題なく退院されました。
僕がこのエピソードで言いたいのは、学校で習うことなんて人生の中ではごくごく一部にしか過ぎない、学歴や肩書きなんて「屁(へ)にもならないようなもの」だと(下品ですいませんm(__)m)いうことです。その看護婦さんが看護学校に通ったのはせいぜい2年ぐらいでしょう。でも看護師になってから何十年もずっと患者さんを見つめ続けてきたからこそ検査では分からないような異常を感じ取ることが出来たのでしょう。
4月になりました。看護婦さんや医者だけではなく、新しく社会人になった方も多いと思います。社会人になって「おまえも一人前になったなぁ」なんて言われるかもしれませんが、一人前になるのはまだまだ何十年も先です。これからの人生で学ばなくてはならないことは学校で習ったことの何百倍、いや何万倍もあります。と言う僕ももちろんまだまだ半人前です。
余談ですが、その看護婦さんは、東北のどこの方言か分かりませんが、自分のことを「わたしゃね」とか「あたしゃね」と言っていました∈^0^∋
※注:看護婦さんにも准看護師、正看護師、助産師、保健師など色々あるんですよ。

道 東山魁夷 1950
青森県八戸市種差海岸にて

自宅跡で海に向かってZARDの「負けないで」を吹き、祖母に買ってもらったトランペットを抱きしめる少女。2011年4月11日、陸前高田市。
痛いことが好きなんて人はそうそういませんよね。僕も予防接種や歯医者さんなどで痛みに弱いということに関しては誰にも負けない自信があります(^^ゞ
大学を出て外科に入局して半年後から、麻酔科で麻酔の研修をし、麻酔の手技を身につけました。麻酔は麻酔科の医者に任せれば、と思うかもしれません。しかし東京は静岡と違って麻酔科医がいない中規模の病院が多いのです。そのような病院で外科医は自分で麻酔をかけて手術をしたり、整形外科など他の科の麻酔をかけることも多いのです。
麻酔の大きな目的は痛みを和らげることです。ですから麻酔科の部長にまず言われたのは、「痛みについて勉強しなさい」ということでした。そこで医学書はもちろんですが、痛みに関する論文を読みあさりました。その中にこんなことが書いてある生理学の論文がありました。その論文によれば痛みの95%は精神的なものである。神経が痛みとして感じているのは痛みの5%、つまり20分の1だけだということでした。例えば手を切ってケガをして「痛い!」と感じても本当の痛みはその20分の1でその痛みの95%は傷を見たことによる精神的なものだということです!?!?!?もう一つわかりやすい例を挙げれは、背中など見えないところの20㎝の傷の痛みは、手などの目に見える1㎝の傷の痛みと同じだというのです!?いくら背中でも20㎝も切られたら相当痛いだろうからこの論文は???だなと思っていました。
それから数年後、池袋で通り魔事件がありました。犯人が鋭い包丁ですれ違いざまに通行人を斬りつけたのです。その時すれ違いざまに背中を30㎝近くも切られた方がいました。その被害者の方のテレビインビューを聞いて僕はビックリしました。さぞかし痛かっただろうと思っていたのですが「少しヒリヒリした感じで、切られたなんて全く思いませんでした」とインタビューに答えていました!その時僕は初めてその論文が正しかったんだと思いました。それから、痛みに弱い僕は、注射などの時には必ず「本当の痛みはこの20分の1だけなんだ」と自分に言い聞かせています(^_^;)
でも痛みには心の痛みもあります。ただ、心の傷はその大きさも、また痛みの大きさも目には見えません。ですから心の傷、心の痛みには身体の傷以上に気を配り、思いを馳せなければならないと思います。
明日で1年、まだ1年です。東北は静岡から近くはありません。でもそんな遠くにある数え切れないぐらいの心の傷、心の痛みに思いを馳せることを忘れてはいけないと思います。
色々な写真や映像がマスコミから流れました。もちろんすべてが目に焼き付くものでした。
でも僕はこの写真を見た時だけは、久しぶりに目を閉じてしまいました。
昨年のコラムでまだ1ヶ月と書きましたが、まだ1年です。私達もまだまだ頑張らなくてはならないことも忘れてはいけないと思います。

自宅跡で海に向かってZARDの「負けないで」を吹き、祖母に買ってもらったトランペットを抱きしめる少女。2011年4月11日、陸前高田市。
★★★今なら食べてもやせる夢のダイエットサプリがなんと100%引き★★★!?
なんていうお話ではありません<m(__)m>

クリニカでは先週あたりから、なぜか院内ダイエットキャンペーン?が始まっているようです!!!何を突然思い立ったのか僕には全く理解出来ないのですがスタッフのほとんどがダイエットを始めたそうです(?_?)僕から見ると、ご飯やスイーツも今までと全く同じだと思えますが・・・毎朝、患者さん用の体重計に乗っているスタッフもいるそうです!!!
以前のコラムに書きましたが、食事を減らすだけのダイエットは、医学的に考えて、必ず失敗し、しかもかえって太りやすい体質になったりでいいことがひとつも無いことはスタッフも知っています。ですからそのようなことはしていないのですが、とにかく「ダイエットキャンペーン中」なのだそうです???
でも、体重なんてサバを読めばいいんです(^O^)/
以前のコラムで「歳なんてサバを読めばいいんです」と書きましたが
体重だってサバを読めばいいんです(^O^)/
だって体重が49㎏ならきれいで、50㎏以上はそうではないなんてことはあり得ませんし、女性を体重計に乗せて彼女や結婚相手を決める男なんていませんよね(いたらキモイですね^_^;)。僕の母だって若い頃は、体重計に乗りながらカーテンをつかんでいました(◎-◎;)まぁ僕の母はさておき、ダイエットでお肌が荒れたり、ましてや身体をこわすなんて女性としては失格だと思います。
クリニカでは診察の時、たとえホクロを取るだけの患者さんでも、健康診断をちゃんと受けているかチェックします。だっていくらきれいになっても病気になったら元も子もありませんものね。年が明けたと思ったらもう2月です!皆さんも今年一年、健康第一を忘れないでくださいね(^O^)/
女性は時々『なぜか』ダイエットをしたくなるようですが、そんなキャンペーンを断固粉砕すべく、今日も僕はこんな爆弾を静岡駅で買ってきました(^^ゞ甘栗は日本中どこでも売っていますが、やっぱりこれが一番ですね\(^O^)/
