
院長コラム
ラ・クリニカは開院20周年を迎えました。これも、何度もご来院頂いてる多くの患者様のおかげと、スタッフ一同、心から感謝をしております。


ラ・クリニカは開院20周年を迎えました。これも、何度もご来院頂いてる多くの患者様のおかげと、スタッフ一同、心から感謝をしております。

当たり前のことですが、人は一人一人異なります。たとえ一卵性の双子でも全く同じということはありません。勉強が得意な子がいれば苦手な子もいます。走るのが得意な子がいれば苦手な子もいます。これは外見にも内面にも言えることですがこれが個性というものです。
発達障害、身体的障害など障害という言葉を耳にすることは少なくありません。では障害と健常の境目はどこにあるのでしょうか。お役所的には・・・が出来なければ第2級の障害などとしていますが、実際の現場での判断は非常に難しく、厳密に言えば境目を厳密に設定することなど医学的に不可能なのです。つまり厳密に言えば境目などないと思います。
人の個性は様々な色にたとえることが出来ると思います。例えば下の図のようにグリーンのAさん、ブルーのBさん、ピンクのCさんがいたとします。

そしてAさんがいわゆる障害者、Bさんが健常者だったとします。でもグリーンとブルーの境目なんてありませんよね。ということは区別なんてつかないし、区別する必要もないのです。ですから僕は障害なんてものはなくて個性の延長、個性の一つだと思います。「障害者を助ける」という言葉も耳にしますが僕は、「得意な人が不得意な人を手伝う」ただそれだけの当たり前のことだと思います。
今年ももう残り少しですが、今年一年、どれだけの人を手伝って、どれだけの人に手伝ってもらいましたか?



色んなネコを飼ってみて分かったのですが、性格や得意・不得意、個性があるんですね(^o^)/~~~

今年の夏はやはりあっという間に過ぎ去ってしまいました。残ったのは日焼けと顔のシミだけ(T.T)、なんて話ではありません。日本の中でも静岡県は太平洋戦争で多くの犠牲者を出した県だそうです。短くても、日本の夏、静岡の夏が戦争の記憶抜きには過ぎ去らないという方もまだまだ多くいらっしゃいます。
日本では夏になると戦争に関する色々な行事が行われ静岡も例外ではありません。でも秋の訪れと共に薄れてしまうような気がします。今皆さんが美しくいられるのも戦争を経験した方やその後の復興に努力した多くの方々のおかげだと思います。戦争が起こってしまったら美しい顔も悲しい顔になってしまいます。すべての女性が美しい笑顔を保てる社会がいつまでも続くようにしなくてはならないと思います。
アニメはほとんど見ない僕ですが、数年前、このアニメにはやられてしまいました(^^ゞ僕は小学校2年のある日に、どんなに悲しいことがあってももう二度と泣かないと固く心に決めたのですが・・・このアニメには「やられて」しまいました。このアニメは毎年、夏になると放送されるのですが、見ると必ず「やられて」しまうので(^_^;)放送のある日は必ず飲みに出かけます(お酒を飲む言い訳をしているのではありません^_^;)


「浴女」小倉遊亀(おぐらゆき)1938
僕はこの絵が大好きです。だって湯船に揺れる透き通ったお湯がとても気持ちよさそうに描かれているんですもん(*^_^*)
今日やっと静岡の梅雨が明けました(^O^)/夏の初めを首夏と呼ぶそうです。これから暑い夏が始まるのかぁなんてげんなりしている方はいませんか?でも夏だって暑くていやなことばかりではありません。汗でベタベタする夏こそお風呂が一番気持ちいい季節だと思います\(^O^)/
不快指数が上がる夏の日こそ絶好のお風呂日和です。不快だからこそお風呂がより気持ちいいのだと思います。夏に限らず、季節に限らず、つらいときでも、つらいからこそ逆に楽しいことがあるのだと思います。
とはいえもう8月ですね!今朝クリニカに来る時、もぅ秋の香りがするなぁなんて思っていたら梅雨明けだというのでビックリしました。今年の夏は短そうです、「暑い~(Q_Q)↓」なんて言わずに短い夏の楽しみを見つけてもらえればと思います。

「浴女」小倉遊亀(おぐらゆき)1938
僕はこの絵が大好きです。だって湯船に揺れる透き通ったお湯がとても気持ちよさそうに描かれているんですもん(*^_^*)
みなさんが手術を受けなくてはならないことになったとします。でもあなたの町に外科医は二人しかいません。一人は手先がとても器用ですが雑な外科医。もう一人は不器用ですが丁寧な外科医。この二人しかいません。あなたはどちらを選びますか?
僕だったら後者、不器用だけど丁寧に手術をしてくれる医者を選びます。手先の器用、不器用ということは天性のものであり、致し方ない部分もありますが、練習など努力で補えるものだと思います。
ところが「雑」ということは心や気持の問題です。心や気持の姿勢がよくないということだと思います。だから雑はいけないと思います。そしてこのことは手術に限らず、どんな仕事でも、また人間関係などにもあてはまることだと思います。
自分が器用か不器用かはなかなか自分では分かりにくいと思います。でもたとえ不器用でも心や気持の姿勢が丁寧ならば最終的にはよい結果が待っていると思います。どんなときでも「雑」はいけないと思います。

白髪だらけになりましたがまだまだ手先は器用でネズミなんか朝飯前です(^O^)/(努力はしてないと思いますが^_^;)
それは僕が小学校1年の夏のことです。当時の僕は学校が終わるとランドセルを玄関に放り出してすぐ遊びに行ってお腹が空くと家に戻って腹ごしらえをしてまた遊びに行くという生活を繰り返していました。そこで問題だったのは、腹ごしらえに帰った時に母がいないと冷蔵庫のものをかたっぱしから食べていたことです。晩ごはんの残りなどだけではなく、僕は晩ごはんの材料のお肉などを生で食べていたのです(^^ゞそんな毎日を送っていた僕にとうとう天罰が下り(当たり前なのですが)僕は疫痢(小児に見られる重症型の赤痢)になってしまいました(^_^;)そして国立伝染病研究所の隔離病棟に強制入院させられてしまいました。

旧国立伝染病研究所
(現東京大学医科学研究所)ここの広い敷地内の本当に隔絶された当時の隔離病棟
今はもう赤痢なんて珍しい病気になっています。しかし当時の夏の初めの隔離病棟は赤痢の患者さんで満室でした。でも大人は回復も早くどんどん退院してゆきました。でも僕は身体も小さく(朝礼ではいつも一番前)体力も弱かったので入院が長く、秋が近づく頃まで入院になってしまい最後は病棟に一人きりになってしまいました。夕方になるとどの病室も暗くなり一人ぼっちの僕はとても寂しかったのです(自業自得?)そんな時、毎日夕方になると僕を膝に乗せて話をしてくれる看護婦さんがいました。もう顔は忘れてしまいましたが今でもその看護婦さんの温もりをハッキリと覚えています。特に大きなナースキャップは目に焼き付いています。今でも、ナーキャップを付けてキリッとした看護婦さんを見るとなぜか安心感を覚えるぐらいです(僕は決してナースキャップフェチではありません)。それに比べて主治医の印象は全く覚えていません。

こんなところに監禁されてしまいました(>_<)ゞ
この時のことを思い出して思うのは、それほどに看護婦さんの存在が大きかったということです。このコラムを読んでくださっている方の中には看護士さんもいるかもしれません。激務で疲れ果ててしまっている看護士さんもいるかもしれません。でもそんな看護士さんに思い出してもらいたいのは、看護士さんは自分が思っている以上に患者さんから信頼され、そして頼りにされているということです。また看護士さんでない方には、看護士さんが目には見えない形でも頑張っているということを知ってもらいたいと思います。

ちなみにこれが赤痢菌で日本人の志賀潔が発見したので!(^^)!学名はShigella(シゲラ)という怪獣みたいな名前です。